代表挨拶

大井貴史

名古屋大学大学院工学研究科教授(応用有機化学講座有機反応化学研究グループ)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)PI

新しい学術変革領域研究「炭素資源変換を革新するグリーン触媒科学」が2023年4月に発足しました。あらゆる資源を無駄なく変換できる環境調和型の物質生産技術は、持続可能な社会を築く礎になります。しかし、物質生産の根幹を担う有機合成化学は、原料として利用できる炭素資源の多様性が乏しく、合成できる有機分子の構造も限られた不自由さの中にあります。この現状に対して私たちは、光や電気エネルギーを利用したラジカルの発生と化学結合の形成を制御するための触媒科学を創発し、ありふれた炭素資源の有効活用、再生可能なエネルギーを利用した分子変換、廃棄物の最小化という三軸のグリーン化を指向した変革を起こします。


既存の合成技術の多くは熱エネルギーを利用したイオン反応に基づいており、炭素資源の変換を正確に行うには分子中の官能基を足掛かりにする必要があります。一方、ラジカル反応は官能基に依存せず、広範な資源を原料とした真に持続可能な物質生産を実現する力を秘めていますが、反応性に富むラジカルを制御することが難しく、望みの変換を実現するための学理が構築されていません。私たちは、無機・錯体化学、固体・表面化学と有機合成化学の融合を軸として、光や電気エネルギーを利用した触媒によるラジカル反応の制御に挑みます。光による分子の励起や電気エネルギーによる電子の授受により原料の狙った位置にラジカルを発生させる機能をもつ無機錯体・固体触媒や、続く結合の形成を高度に制御する力を備えた有機分子・金属触媒を合理的に設計することで、メタンやヘキサンのような原料として用いることが難しかった小分子や高分子、バイオマスなどから、これまで合成がほぼ不可能と考えられてきた付加価値の高い分子を最短工程で組み上げるための分子変換法の開発につなげます。「利用できる炭素資源、合成できる有機分子の多様性を飛躍的に拡張し、グリーン化を体現した、分子の構造に左右されない次世代の有機合成化学を確立する。」これが本領域の目標です。